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日本経年変化協会の会長の徒然日記

『日本のモノ造りは世界トップレベル』一生愛用できる経年変化するアイテムを企画する日本経年変化協会の会長の日記代わりのブログ

『死』に向かっていると思えば思考が変わる

先週金曜日、この事業始めた当初から尽力して頂いている会社の会長さんがお亡くなりになられた。すっげ~良い方で最期のお別れして来ましたが、

「ありがとうございます・・・。本当に・・・。」

心底そう思えました。80歳過ぎて大往生ですが、戦中・戦後直後の日本で生きて来られ、晩年僕と出会い同じ仕事を一瞬でも共有させてもらって今の僕があると思うと悲しいより感謝の気持ちでいっぱいでした。

 

ほんで今日知り合いの家に久々訪問。鞄拵えて欲しいと言う依頼で。
中学生の娘さんが居てるですが、左上傷だらけ・・・。怪我したんか?と聞くと
「これはリスカです・・・。」

何やそれ?言うとリストカットと言ってカミソリで自分の腕を切るらしい。死にたいとかヌカしてるからドアホと。小さい頃からその子知ってるので、僕は死にたいと思ったことがないのか?と尋ねられ、僕の死生観を話した。

 

20代と30代の違いと言うと一つは冠婚葬祭でも20代の頃は先輩・同級生・後輩の結婚式が多く、葬儀はポツポツでしょうが、30代になると葬儀が増える。恩師や親戚や親であったり、はたまた同級生や後輩が不慮の事故や突然の病気で逝ってしまう場面に見舞われる機会が増える。

 

僕も37歳になって父親が3年前他界し、恩師や友人(年上のね)の通夜・葬儀に参列する機会が増えてきた。同級生も独身組の方が少なくなって結婚式の参加が減ってきたかな(笑)?

 

仏壇の過去帳みたいなのを見ると自分のご先祖様が代々何時亡くなったのかが記載されている。僕の家系は長男がど~も寿命が短いみたい。65歳前後に長男が他界しておられました。僕も長男やからま、目安かな?と感じてる。

あと、死んじゃうと何も無い。無なわけ。お金持ちも貧乏人も『死』は平等で身体一つで死んでいく。この世の資本主義社会での寿命をまっとうした瞬間、あんなに大切だったお金は紙切れに変わるわけで。

 

そ、思うと僕も37歳で生きてきたこれまでの時間より残された時間の方が少ない訳だ。

悲嘆にくれる訳でなく、人間は生まれた瞬間から死に向かっているわけで、それを改めて実感したに過ぎない。

 

改めて実感すると思考が変わる。お金と同等に大切なのが時間となる。
仕事と同じで、人間生きていくためには働かないといけないわけでど~せ働くなら嫌々働くか楽しく働くかは自分次第で、生きてるのも一緒と思うようになる。

 

ど~せ死んじゃうんだったら生きてる間に楽しいこと、やりたい事をやり尽くしてから死ぬってね。

で、社会人になって無形型のサービスの営業ばっかりしてたので、起業では形あるモノを作りたかったのかもしれない。自分が企画したものが時を経てVINTAGEと呼ばれる。僕が死んでもモノが残るんじゃね?と深層意識で思ってるかも・・・。

 

時間が惜しいと思えば、全ての出会い(嫌なやつも好きなやつも)が運命だと思う。嫌な奴から学ぶことも多いし、それを学ぶために出会ったのかもしれないと前向きに思ってしまう。あと、嫌なこと困難な事も修行だと思ってしまう。そ~すると今まで気づかなかった事すら楽しくハッピーに見えてくる。

 

人生で一番最悪なのは死んじゃうことと身体の自由が効かなくなることで、それ以外は大した問題じゃね。ってことかな。

 

若い内には気づかないよね?30過ぎたら皆感じてることでしょう。

悩める中学生には

「そやね。◯◯ちゃんの仲の良いお友達と大好きな先生、親戚、お父さん、お母さんこの中の誰かのお葬式を5回経験してみて棺桶にお花を入れてみて、その時にまだ死にたいと思えば自殺すれば?
◯◯ちゃんが嫌だと思う『明日』は今日死んじゃう人から見たら凄く羨ましい『明日』なんちゃうかな???」

言うと泣きながら頷いてた。

ホンマに分かっとんのか???

仲の良い連れの子供で昔から知ってるけど、それで僕を呼んだわけか。鞄の製作費用少し多めに見積やね(笑)。